VODKA=ウオッカ 

アイルランド・キルデア近郊の、アガ・カーンスタッド・ギルタウン、ここに、女傑・ウオッカが、現在・繁殖牝馬として、繋養生活を、送っています。

美しく、すっぴんで、綺麗な鹿毛の女の子の馬・それが、女傑・ウオッカです。


2004年4月4日・北海道・静内郡・静内町(現・日高郡・新ひだか町)の、カントリー牧場で、1頭の、仔馬が、タニノギムレットとタニノシスターの間に生まれました。

それが、女傑・ウオッカです、この時は、タニノシスターの2004として、生産されました。


女傑・ウオッカは、雄大な北海道の日高地方の大地で、幼年時代を過ごした、かわいい牝馬として、送りました。

2005年・1歳の時、女傑・ウオッカは、ジンよりも、アルコール度数の高い酒・ウオッカに因み、命名されました。


2006年・2歳の逞しい牝馬に育った、女傑・ウオッカは、この年の3月下旬・産地馬体検査を受検、同時に、栗東・角居勝彦厩舎と預託契約をかわしました。

美しく、綺麗な、鹿毛の女の子の馬・女傑・ウオッカは、この年の、10月29日・京都競馬場の、新馬戦(メイクデビュー・京都)・1着で、鮫島克也騎手の騎乗で、競走馬デビューを果たしました。

2戦目の、黄菊賞では、四位洋文騎手に乗り替わって参戦しましたが、2着に終わり、初の敗戦を帰しましたが、3戦目の阪神ジュヴェナイリーフィリーズでは、直線で先に抜け出した、アストンマーチャンを抑えて、差し切り勝ちを収め、初のG1制覇を成し遂げたのです。

女傑・ウオッカは、この年の、JRA賞・最優秀2歳牝馬に選定されました。

2007年・3歳になった、女傑・ウオッカは、緒戦のエルフィンステークスで勝利を収めたが、続く、チューリップ賞でも、クビ差で1着となり、2連勝としたが、桜花賞では、ダイワスカーレット(現在は、繁殖牝馬として活躍中)の2着に敗れたが、5月27日に東京競馬場で行われた、第73
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回・東京優駿(日本ダービー)では、1996年のビワハイジ(こちらも、現在は、繁殖牝馬として活躍中・ブエナビスタの母でもある。)以来、11年ぶりに牝馬として出走し、馬群の中団から抜け出して優勝、牝馬としては、1943年のクリフジ以来、64年ぶりに、日本ダービーの優勝馬になりました。

第48回・宝塚記念では、8着と初の大敗を帰してしまいました。

女傑・ウオッカは、その後、秋の、凱旋門賞に出走を懸けて、ステップレースのメルヴェイユ賞にも出走を予定していたが、右後肢の蹄球炎を発症したので、出走を取りやめたのです。

第12回・秋華賞に、女傑・ウオッカは、出走させたが、最後はダイワスカーレット・レインダンスをかわすことが出来ず、3着に敗れた他、第32回・エリザベス女王杯でも、右関節のハ行により、出走を取りやめたのです。

女傑・ウオッカは、その後、第27回・ジャパンカップにも出走したのですが、4着に終わり、続く、第52回・グランプリ・有馬記念では、ファン投票で第1位にも選ばれたのですが、早々と11着と2回目の大敗を帰した他、JRA賞・最優秀3歳牝馬の座も奪われてしまったが、第73回・東京優駿(日本ダービー)で、64年ぶりに牝馬としての優勝馬に輝いたのが選考理由で、JRA賞・特別賞を受賞をしたほか、関西競馬記者クラブ賞の特別賞を受賞しました。

2008年・4歳になった、ウオッカは、京都記念から始動したが、6着に終わったのです。

この頃、ドバイ・ワールドカップ・ミーティングに、招待の承諾を受けて、ドバイ・デューティーフリー(4着)に参戦する為、初の海外遠征に乗り出し、今年の3月4日のマクトゥーム・チャレンジ・ラウンド3R(8着)まで、参戦する事になったのです。

日本に帰国した、ウオッカは、ヴィクトリアマイルに参戦したが、エイジアンウインズ(現在は、繁殖牝馬として繋養生活中。)の、2着に敗れたが、第58回・安田記念に、サクラチヨノオー以来、東京優駿(日本ダービー)優勝馬の出走参戦となり、2着のアルマダを抑えて、1994年のノースフライト以来、14年ぶりに牝馬が制覇を果たしたのです。

毎日王冠では、スーパーホーネットの2着に敗れたが、天皇賞・秋では、ダイワスカーレットと2頭並んでのゴールインとなりましたが、写真判定の末、2cmの差で勝利し、ヒサトモ以来、東京優駿(日本ダービー)馬の勝利を果たしたのです。

ジャパンカップでは、スクリーンヒーローの3着に敗れたが、次の有馬記念は2年連続で、ファン投票1位に選ばれたウオッカだったが、同競争を回避したのです。

2008年のJRA賞では、年度代表馬・最優秀4歳以上牝馬に、ウオッカは、初めて選ばれたのです。

5歳になった、2009年のウオッカは、ジェベルハッタ(5着)及び、ドバイ・デューティーフリー(7着)に参戦する為、再び、ドバイへと遠征したのでした。

帰国後・5月17日のヴィクトリアマイルに直行で参戦、1番人気に支持された、女傑・ウオッカは、前回のエイジアンウインズの2着の悔しさをバネに出走、2着のブラボーデイジーに、7馬身の差で、レコードタイム勝ちを決めました。

6月7日の安田記念にも、女傑・ウオッカは、2着のディープスカイを抑え、差し切り勝ちで優勝、1952年・1953年のスイートスー(女優・高峰美枝子さんの持ち馬として有名です。)以来の安田記念連覇を達成したのです。

その後、毎日王冠・第140回・天皇賞・秋と、カンパニー(今年から、社台スタリオンステーション・早来で、種牡馬生活入りし、現在に至っている・マイルチャンピオンシップの優勝馬で、2009年のJRA賞・特別賞・受賞馬。)の、2・3着に敗れたが、11月29日に行われた、第29回・ジャパンカップに出走した、女傑・ウオッカは、鞍上を、クリストフ・ルメール騎手(フランス・2005年の、第50回・グランプリ・有馬記念では、ハーツクライで、優勝騎手にもなっている。)に、交代させての参戦となり、2着のオウケンブルースリーを、写真判定の末、鼻出血を起こしながら、1着となり、優勝、7冠馬に輝いたのです、それが、女傑・ウオッカが勝利した、日本国内での最後のレースになりました。
(女傑・ウオッカは、その後の発表で、鼻出血という疫病を、競走中に発症したので、1ヶ月間・出走出来ないことになり、有馬記念は出走不可になり、回避されました。)

2010年・6歳になった、女傑・ウオッカは、2009年のJRA賞・年度代表馬・最優秀4歳上牝馬に、2008年に続いて選出され、受賞しました。

その頃、女傑・ウオッカは、ドバイ・ワールドカップ・ミーティング 2010に、招待承諾の上、参戦遠征し、3月4日に、メイダン競馬場で行われた、マクトゥーム・チャレンジ・ラウンド3に出走させました。

ジャパンカップに続いて、クリストフ・ルメール騎手の騎乗で、出走させた、女傑・ウオッカ、しかし、伸びを欠き、レッドディザイアの8着に敗れたのです、レース後、微量ながら、2度目の、鼻出血を発症したので、結局・ドバイ・ワールドカップ 2010を回避する事になりました。

美しく、綺麗で、すっぴんな女の子の馬・女傑・ウオッカは、今年の、3月4日に、行われ、レッドディザイアの8着に終わった、ドバイ・ワールドカップ ミーティング 2010 マクトゥーム・チャレンジ・ラウンド3が、ラストランレースとなりました。

カントリー牧場の代表で、株式会社・タニミズ企画の代表取締役社長・谷水雄三氏は、管理厩舎で、預託契約をかわしている、角居勝彦厩舎(栗東)と、女傑・ウオッカの今後の対応について協議した結果、重賞競走も制覇し、JRA賞・年度代表馬などにも選出され受賞するなど活躍したことから、勇退させた方がいいと判断し、3月7日・現役引退を発表しました。

すっぴんな、かわいい女の子の馬、女傑・ウオッカは、繁殖牝馬として繋養生活を送ることが決まり、海外の牧場も含めて探した結果、アイルランド・キルデア近郊のギルタウンにある、アガ・カーンスタッド・ギルタウンに決まり、すでに、3月13日に遠征先の、ドバイを出発、イギリス・ニューマーケットのサウスフィールズステーブルで1泊した後、ホーリーヘッド港・2時50分発のフェリーで、アガ・カーンスタッド・ギルタウンのある、アイルランドに向けて出発、競走馬生活に別れを告げ、後にしました。
(女傑・ウオッカの、競走馬登録抹消は、手続きの関係上・3月18日となりました。)

現在は、アイルランド・キルデア近郊の、アガ・カーンスタッド・ギルタウンで、繁殖牝馬として、女傑・ウオッカは、繋養生活を送っています。

3月16日の朝・8時30分に、繋養先の、アガ・カーンスタッド・ギルタウンに到着した、女傑・ウオッカは、馬運車を降り、着地検査を受けた後、曳き運動をして体作りに励んだのです。

2010年4月4日・女傑・ウオッカは、牝・6歳の牝馬としての誕生日を迎え、成長しました。

6月4日(現地時間・3日)に、女傑・ウオッカは、初年度の交配相手で、凱旋門賞優勝馬の、シーザスターズと、過去2回は交配したものの、不受胎に終わっていましたが、今回・3度目の交配種付けで、無事・受胎が確認され、成功しました。

来年の4月には、女傑・ウオッカ待望の、初年度産駒が、無事・出産する予定です、初年度産駒(父・シーザスターズ・母・ウオッカ)は、日本に逆輸入され、競走馬として育成後、栗東・角居勝彦厩舎所属で、デビューする予定です。

すっぴんな、鹿毛の女の子の馬で、JRA賞・年度代表馬・最優秀4歳上牝馬に、連続して選ばれた、女傑・ウオッカ、アイルランド・キルデア近郊・ギルタウンの、アガ・カーンスタッド・ギルタウンで、繁殖牝馬として、生活を開始した現在・待望の、初年度産駒(父・シーザスターズ)の、来年の4月に、無事・出産し、輩出して行く日々を、心待ちにしています。
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# by bouquetfragrance | 2010-06-25 06:17 | 往年の競走馬

マリアンデール 遂に新規競走馬名登録を受ける。

ぼくの大好きな1頭で、ブログ名の由来にもなっている、マリアンデール(MARIANDEL=バラの品種名・1985年 ドイツの、コルデス氏が作出した品種。)が、5月5日(こどもの日)付で、JRAの新規競争馬名登録を受けました。

マリアンデールは、2008年2月18日に、北海道・勇あー払郡・安平町・早来源武275番地の、ノーザンファーム生産の鹿毛の馬で、父がハーツクライ、母がアルバローズの血統になる、牡・2歳の馬で、血統名は、アルバローズの2008です。

バラ(薔薇・英名・ROSE ローズ)も、たくさんの、品種が世界の人々により、作出される様に、サラブレッドでも強い精鋭を生産して行きたいものという、想いが、マリアンデール(MARIANDEL)には、こめられています。

今年の4月22日に、早来ホルスタイン市場で行われた、産地馬体検査を受検、同時に、所属厩舎の、栗東・橋口弘次郎厩舎と預託契約をかわしました。
(実は、マリアンデールの父・ハーツクライも、現役時代・アイリッシュダンスの2001の血統名で、産地馬体検査を受検、同時に栗東・橋口弘次郎厩舎と預託契約をかわし、2006年の11月30日付で登録抹消されるまで、競争馬として、活躍しました。)

同時に、ローザアルラヴィス(ROSA ALS LLAVIS=トルドゥラ作曲「唇にバラを」の原題より・父・ディープインパクト・母・ロゼカラー・毛色・鹿毛・牡・2歳・血統名・ロゼカラーの2008・こちらも、産地馬体検査を受検、同時に所属厩舎の栗東・橋口弘次郎厩舎と預託契約をかわしており、今後、育成の後、入厩予定です。)も、新規競争馬名登録されました。

ぼくも、ハーツクライを大好きな馬として応援した経歴を持っていることもあり、ハーツクライとアルバローズの、初年度産駒・マリアンデールには、是非・デビューさせて、頂点に立てる大好きな馬になってほしいと、願っています。

2014年には、ロシアのソチで、ソチオリンピック(OLYMPIC WINTER OF GAMES SOCHI=冬季オリンピック・ソチ大会)が開催され、イギリス・フランス・ドイツ・スイス・イタリア・アメリカ・カナダ・韓国・中国・日本・オーストラリア・ニュージーランドなどから、代表選手がメダル獲得を狙って、参戦する様で、それを最優先にするイメージがあり、気になるところですが。
ぼくは、それより、大好きな、マリアンデール(MARIANDEL=バラの品種名(1985年、ドイツのコルデス氏が作出した品種。)父・ハーツクライ・母・アルバローズ・毛色・鹿毛・牡・2歳・血統名・アルバローズの2008)を、無事にデビューさせていけるよう、応援してほしいことを優先させて下さい。

無事に、新規競走馬名登録を受けて、よかったね、なあ。マリアンデールよ。
(ヒュヒュ~ン!)

今度は育成をして、入厩出来るように、成長して行こうね。
(ブルルル!)

なあ、大好きな、マリアンデール(MARIANDEL)よ。
(ヒュヒュヒュ~ン!)
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# by bouquetfragrance | 2010-05-07 17:44

初めまして、BOUQUETFRAGRANCEです。

本日より、ブログを開設しました。

今後とも、よろしくお願いします、タイトルを「QUEEN ROSE クイーンローズ」としました。

ブログ名は、女王のバラという意味の、イギリス語に由来します。
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# by bouquetfragrance | 2010-04-07 02:42