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女傑・ウオッカ アイルランド・ギルタウンで繁殖牝馬として送る、牝・13歳の伝説の少女の馬。

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VODKA「ヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュヒュヒュ~ン。」

VODKA「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

VODKA「パカッ。」

VODKA「ヒュヒュヒュヒュヒュヒュ~ン、ブルルルルルルルル、フ~。」

すっぴんでかわいい鹿毛の馬で、2010年4月から、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、AGA KHAN STUD GILLTOWN(アガ・カーン・スタッド ギルタウン)で、繁殖牝馬として繋養生活を送っている、女傑・ウオッカ。

今年の4月4日(日本時間 4月5日)で、牝・13歳になった、伝説の少女の馬です。

VODKA「ヒュヒュヒュ~ン、ブルルルルルルルル。」

ウオッカは、父・タニノギムレット 母・タニノシスターで、2004年4月4日生まれ・北海道・静内郡・静内町(現・日高郡・新ひだか町)のカントリー牧場(2012年3月31日で解散・閉鎖され、清算されました。)・生産の、鹿毛の少女の馬です。
(ウオッカの母・タニノシスターは、2014年7月9日 牝・20歳で、老衰の為死去されました。)

馬名の由来は、スラヴ語で少量の水という意味に由来する、蒸留酒の一種・ウオッカ(VODKA・ロシア語でヴォートカという。)から命名されましたが、女傑・ウオッカが、ストレートに強い酒の様に活躍して欲しいという願いから、冠名・タニノの名前を付けなかったとの事です。

すっぴんでかわいい鹿毛の馬、女傑・ウオッカは、現役時代・タニノの冠名を持つ、谷水 雄三氏の自家生産所有馬(同氏は、2012年・高齢を理由に自家生産馬事業から撤退した。)として、栗東トレーニングセンターの角居勝彦厩舎(2001年・二分久男厩舎の定年退職による解散に伴い、新規に開業した厩舎)に預けられ、中央競馬で26戦10勝(内・海外・3戦0勝)の成績を残していて、2006年の最優秀2歳上牝馬を総なめにした他、2008・2009年の年度代表馬・最優秀4歳上牝馬にも選出されており、2007年には特別賞を受賞した名牝でしたが、2010年3月4日(日本時間・3月5日)ドバイ・メイダン競馬場で行われた、ドバイ・ワールドカップ・ミーティング・アルマクトゥーム・チャレンジ・ラウンド3(8着)を最後に、鼻出血症がもとで、惜しくも現役を引退(登録抹消は手続きの関係上、2010年3月18日(日本時間 3月1
日)付。)しました。

女傑・ウオッカは、牝・6歳の時にアイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンンの、AGA KHAN STUD GILLTOWN(アガ・カーン・スタッド ギルタウン)に、繁殖牝馬として、サウスフィールズステーブル(イギリス・サフォーク州・ニューマーケット近郊)を経由して、やって来ました。

2010年4月から、繁殖牝馬として、女傑・ウオッカは、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンにある、AGA KHAN STUD GILLTOWN(アガ・カーン・スタッド ギルタウン)で繋養生活を開始し、それまでに6頭の仔馬を出産しましたが、疝痛による急死・未勝利による引退などによる抹消などで少なくなり、現在・4頭(内・1頭がVODKA2013→タニノアーバンシー(父・シーザスターズ) 1頭がインヴィンシヴルスピリット(VODKA2016)で、後の2頭はFRANKEL(VODKA2015(通称・ウオンケル君)→タニノフランケル・VODKA2017(通称・ウオンケルⅡ君)の輩出馬を送り出しており、内・タニノアーバンシーと、タニノフランケルの2頭が、角居勝彦厩舎に入厩していて、現役競走馬として活躍中です。

2017年5月22日(日本時間 5月23日)・女傑・ウオッカは、6頭目の仔馬を無事に出産しましたが、2014年と同じく、FRANKEL(フランケル)で、しかも難産で遅い出産だったので、2017年の種付交配を見送った上、来年度(2018年度)に再度・種付交配(配合種牡馬・未定)をすることになったのです。

女傑・ウオッカ初の一時・繁殖牝馬活動休止に入ったのです。
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AGA KHAN STUD GILLTOWN(アガ・カーン・スタッド ギルタウン)の繁殖牝馬厩舎、こここにある、女傑・ウオッカの馬房には、女傑・ウオッカがいます。






VODKA「ブルルルルルルルル、ブルルルルルルルル。」

VODKA「ヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュ~ン。」

女傑・ウオッカは、大きい鳴き声でいなないていました。

アガ・カーン・スタッド・ギルタウンの放牧場に、女傑・ウオッカは、放牧に入り、走り出しました。

VODKA「ヒュヒュヒュヒュ~ン。」

VODKA「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

VODKA「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

VODKA「パカッ。」

VODKA「ニョロ、ニョロ、ニョロ、ニョロ、ニョロ、ニョロ。」

VODKA「バシャ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」

ウオッカは、大きく気持ちいいおしっこ(尿)を出してやりました。

VODKA「ブルルルルルルルル、ブルルルルルルルル。」

ウオッカは、大きい鋭い鼻息を鳴らしていました。

VODKA「ヒュヒュヒュ~ン。」

ウオッカは、大きい声でいなないていました、北海道・日高山脈の空を想い出しては、声高くいなないていました。

牝・6歳の時に、繁殖牝馬として、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンのAGA KHAN STUD GILLTOWN(アガ・カーン・スタッド ギルタウン)にきて、牝・13歳になった現在も、繋養生活を送っている、女傑・ウオッカ 2018年度には配合種牡馬(未定)と種付交配を行って、2019年の春には出産させるとの事で、牝・13歳の、女傑・ウオッカの今後の活躍を、期待したいと想い、願っております。






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by bouquetfragrance | 2017-07-12 01:43 | 女傑・ウオッカ

女傑・ウオッカ アイルランドで繁殖牝馬生活を送る 牝・12歳の伝説の少女の馬。

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(2010年4月から、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、アガ・カーンスタッド・ギルタウンにて、繁殖牝馬として、繋養生活を送っている、
女傑・ウオッカ。)

VODKA「ヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュ~ン。」

VODKA「カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ。」

VODKA「ブルルルルルル、ブルルルルルル。」

VODKA「カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ。」

VODKA「カポ。」

VODKA「ブルルルルルル。」

VODKA「ヒュヒュヒュ~ン。」

すっぴんでかわいい鹿毛の馬で、2010年4月から、繁殖牝馬として、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンのアガ・カーン・スタッドで、繋養生活を送っている、女傑・ウオッカも、今年、牝・12歳。

2004年4月4日に、タニノシスターの2004として生まれた、女傑・ウオッカ。

現役時代・26戦10勝の成績を残すなど、中央競馬で活躍してきた、ウオッカ(VODKA)も、3月5日(日本時間・3月6日)には、インビンシブルスピリットとの間に交配され、受胎して成功した、VODKA2016を、無事に出産させました。

そして、4月4日(日本時間・4月5日)には、女傑・ウオッカの、12回目のバースデーを迎えました。

すっぴんでかわいい鹿毛の馬、女傑・ウオッカは、今年の5月になり、今年の配合種牡馬で、2014年以来、1年ぶりに、世界最強馬・フランケルとの種付け交配を済ませ、無事に、受胎しました。

現在・女傑・ウオッカは、アガ・カーン・スタッド・ギルタウンの放牧場で、マタニティライフを送っており、牝・13歳になる、来年の春には、VODKA2017を出産させる予定になっている様です。

すっぴんでかわいい鹿毛の馬、女傑・ウオッカも、現在・牝・12歳であり、牝・13歳になる、来年も、いい母・女傑・ウオッカとして、さらなる繁殖牝馬としての活躍を、期待したいと想い、願っています。





VODKA「ヒュヒュヒュヒュヒュ~ン!」




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by bouquetfragrance | 2016-08-18 22:03 | 女傑・ウオッカ

女傑・ウオッカ、アガ・カーン・スタッド・ギルタウンに来て3年。

(その3)

現在・女傑・ウオッカは、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、アガ・カーン・スタッド・ギルタウンから、少し離れた、アガ・カーン・スタッド・シャーリーマウントにいます。

昨年・女傑・ウオッカは、凱旋門賞馬・シーザスターズとの間で種付け交配を行い、第3仔を受胎し、成功しました。

女傑・ウオッカは、今年の春の出産にむけ、優雅なマタニティライフを送って送っています。

昨年は、女傑・ウオッカの生産牧場・カントリー牧場が48年の歴史に終止符をうち、閉鎖・解散された1年となりました。

2011年には、女傑・ウオッカは、メジロラモーヌ以来・23年ぶりに顕彰馬に選定され、受賞しました。

アガ・カーン・スタッド・ギルタウンから、少し離れた、アガ・カーン・スタッド・シャーリーマウントにいる、女傑・ウオッカ、今年の3月16日(日本時間・3月17日)で、繁殖牝馬として、アガ・カーン・スタッド・ギルタウンに来て、3年を迎える、女傑・ウオッカ、2013年の配合種牡馬は、昨年・14戦14勝の成績を誇り、惜しくも現役を引退し、種牡馬入りした、セント・ジェームス・パレス・ステークスを制覇するなど活躍した、イギリスの往年の競走馬、フランケルになりそうで、今年の4月4日(日本時間・4月5日)に、牝・9歳のサラブレッドになる、女傑・ウオッカの、更なる活躍を期待したいと想い、願っております。
(終)
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by bouquetfragrance | 2013-01-16 15:14 | 女傑・ウオッカ

女傑・ウオッカ アガ・カーン・スタッド・ギルタウンに来て、3年。

(その2)

2010年3月16日(日本時間・3月17日)の朝・6時00分に、フェリーに、馬運車ごと乗せられて来た、女傑・ウオッカ。

アイルランドの首都・ダブリンの、ダブリン港に接岸したフェリーに馬運車ごと乗せられていた、女傑・ウオッカは、ここで下船手続きを済ませ、下船しました。

首都・ダブリン市にある、ダブリン港を後にした、女傑・ウオッカは長い高速道路などの道路を走り、朝・8時30分(日本時間・夕方・17時30分)に、繋養先の、キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンにある、アガ・カーン・スタッド・ギルタウン(マネージャー・パット・ダウンズ氏)に到着、馬運車を降りた、女傑・ウオッカは、レーシングマネージャーに付き添われて、同スタッドの、繁殖牝馬厩舎に入り、長旅の疲れを癒しておりました。

女傑・ウオッカが、まだ、牝・6歳の鹿毛の馬だった頃でした。


あれから、3年。。。

現在、女傑・ウオッカは、牝・9歳の鹿毛のサラブレッドに成長しました。

この間・2010年3月18日(日本時間・3月19日)付で、女傑・ウオッカは、競走馬登録を抹消しました。

2010年4月1日(日本時間・4月2日)から、女傑・ウオッカは、アガ・カーン・スタッド・ギルタウンで、繁殖牝馬として、新しい生活を始めました。

2011年5月2日(日本時間・5月3日)には、初年度産駒・VODKA2011(ウオッカの2011)を、2012年4月24日の朝・10時45分(日本時間・18時45分)には、VODKA2012(ウオッカの2012)を、いずれも、凱旋門賞馬・シーザスターズとの間に出産しました。
(すでに、VODKAの2011は、イギリス・オランダ経由で、日本に到着しており、現在・吉澤ステーブルで、競走馬としてデビューする為の育成中で今年の夏か秋には、競走馬デビューする予定になっている他、VODKAの2012も、秋には競走馬デビューにむけての、育成の為、イギリス・オランダ経由で、日本に輸入されることになっているようで、活躍を期待したいと想い、願っております。)

(その3へ。)  
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by bouquetfragrance | 2013-01-16 14:59 | 女傑・ウオッカ

女傑・ウオッカ アガ・カーン・スタッド・ギルタウンに来て、3年。

2004年4月4日に、タニノギムレットとタニノシスターの仔として生まれた、女傑・ウオッカ(VODKA)が、3月16日に、繋養先の、アガ・カーン・スタッド・ギルタウン(アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウン)に来て、3年を迎えます。

女傑・ウオッカは、2010年の3月4日(日本時間・3月5日)に、ドバイ・メイダン競馬場で行われた、マクトゥーム・チャレンジ・ラウンド3に出走し、レッドディザイア(現在は、北海道・千歳市の社台ファームで、繁殖牝馬として繋養生活を送っております。)の8着に敗れたのが、最後のレースとなり、3月7日(日本時間・3月8日)・現役引退を発表しました。

それまでに、26戦10勝の成績を残し、2006年の最優秀2歳牝馬を総なめにした他、2007年には特別賞を受賞、2008・2009年の年度代表馬・最優秀4歳上牝馬にも選出された、かわいい鹿毛のサラブレッドです。

3月13日(日本時間・3月14日)、女傑・ウオッカは、名残惜しい、遠征先のドバイを後に、飛行機で、イギリス・ロンドンのヒースロー空港経由で、サフォーク州・ニューマーケットのサウスフィールズ・ステーブルにむかい、ここで一泊しました。

3月15日(日本時間・3月16日)の夜、サフォーク州・ニューマーケットのサウスフィールズ・ステーブルを後ににした、女傑・ウオッカは、途中・ホーリーヘッド港にて、フェリーの乗船手続きを済ませ、馬運車ごとに積み込まれ、深夜・2時50分発のフェリーで、名残惜しいイギリスを後に、隣国・アイルランドにむかいました。
(その2へ。)
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by bouquetfragrance | 2013-01-16 13:37 | 女傑・ウオッカ

女傑・ウオッカ(VODKA) 遂に第2子を出産する。

すっぴんで、きれいなかわいい鹿毛の馬で、ジャパンカップなど、多くのレースを制覇し、2010年のドバイ・ワールドカップ・ミーティング・マクトゥームチャレンジ・ラウンド3・8着を最後に現役を引退してから、2年を迎えた、女傑・ウオッカ、鹿毛の牝馬であり、顕彰馬にも選出されるなど、たくましいすっぴんな鹿毛の馬である、牝馬のサラブレッド、それが、女傑・ウオッカ(VODKA)!

VODKA=ヒュヒュヒュヒュヒュ~ン、ブルルルル。

4月・アイルランド・キルディア近郊・アガ・カーンスタッド・ギルタウンから、少し離れた、アガ・カーンスタッド・シェシューン。

VODKA=ヒュヒュヒュヒュ~ン。

スタッフ=ウオッカ、8歳の馬になったね、なあ、ウオッカ。

スタッフ=昨年・5月2日(日本時間・5月3日)には、難産の末、初年度産駒・ウオッカの2011(牡 現在・2歳)を産んだね、今回もシーザスターズ(SEA THE STARS)と種付けして、受胎させたから。今度は牡か、牝か、慎重に産んでいこうね。

VODKA=ブルルル。

いよいよ、お産の時が来ました。

スタッフが駆けつけると、体から、牝という、鹿毛の馬が出て来ました、遂に、ウオッカは、第2子(1年目産駒)を無事に出産しました。

出産時刻・4月24日・午前10時45分(日本時間・午後18時45分)、女傑・ウオッカは、無事に、ウオッカの2012と名を付けた、牝馬の鹿毛馬を出産しました。

女傑・ウオッカは、昨年・ウオッカの2011という、初年度産駒を、アガ・カーンスタッド・ギルタウンで出産しており、今回は牝馬のサラブレッドになったのです。

昨年に続いて、アガ・カーンスタッド・ギルタウン(アガ・カーンスタッド・シェシューン)で生産された、、ウオッカの2012という、2番仔の馬は、初年度産駒と同様に、外国産馬の逆輸入馬として、日本で競走馬デビューされることになっており、2014年にはその姿が見られるかもしれません。

スタッフ=おめでとう、ウオッカ、よく生んだね、安産だよ。

VODKA=ヒュヒュ~ン。

スタッフ=競走馬としての、将来が楽しみだね。

VODKA=ブルルルル。


アガ・カーンスタッド・シェシューンで無事に生まれた、女傑・ウオッカの2番仔・ウオッカの2012(牝)の、幼年時代での生活を期待したいと想い、願っております。
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by bouquetfragrance | 2012-04-26 20:46 | 海外で活躍する繁殖牝馬

女傑・ウオッカ(VODKA) アガ・カーンスタッド・ギルタウンに来て2年。

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2010年3月16日(日本時間・3月17日)の朝に、繁殖牝馬として、遠征先のドバイから、イギリス経由で、アイルランドの、アガ・カーンスタッド・ギルタウンにやってきた、女傑・ウオッカ(VODKA)が、今年の3月16日(日本時間・3月17日)で、同場に来てから2年を迎えます。

ウオッカ(VODKA)は、父・タニノギムレット・母・タニノシスターで、2004年4月4日生まれの牝・8歳、現役時代・新馬戦・チューリップ賞・日本ダービー・安田記念(2回)・ヴィクトリアマイル・天皇賞・秋・ジャパンカップなどに優勝し、26戦10勝の成績を残しており、2006年の最優秀2歳牝馬を総なめにした他、2008・2009年の年度代表馬・最優秀4歳上牝馬にも選出された他、2007年には特別賞にも選ばれた、すっぴんで綺麗な鹿毛の牝馬でしたが、2010年3月3日(日本時間・3月4日) ドバイ・メイダン競馬場で行われた、ドバイワールドカップ・マクトゥームチャレンジ・ラウンド3で、レッドディザイアの8着に敗れたのを最後に、鼻出血症がもとで、惜しまれつつ、現役を引退しました。
(登録抹消は、書類の手続きの関係上、同年の3月18日(日本時間・3月19日)となりました、登録抹消後、女傑・ウオッカ(VODKA)は、平成23年(2011年)の顕彰馬に選定され、受賞しました。)

すっぴんで、綺麗な鹿毛の馬・女傑・ウオッカ(VODKA)は、2010年の4月1日(日本時間・4月2日)から、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンにある、アガ・カーンスタッド・ギルタウンで繁殖牝馬として繋養生活を送っており、同年の6月3日(日本時間・6月4日)に配合種牡馬である、凱旋門賞馬・シーザースターズの交配に3度目の種付けで受胎し成功、翌年(2011年)の5月2日(日本時間・5月3日)には、女傑・ウオッカ(VODKA)の、初年度産駒・ウオッカの2011(牡・黒鹿毛)が誕生しました。

すっぴんで、綺麗な鹿毛の馬、女傑・ウオッカ(VODKA)は、昨年も、凱旋門賞馬・シーザスターズを配合種牡馬に選び、種付け交配を行って成功、今年・牝8歳の、女傑・ウオッカ(VODKA)は、1年目産駒の出産を控えていて、今後も母・ウオッカ(VODKA)として、更なる、活躍が期待されているところで、女傑・ウオッカ(VODKA)の、生産者である、カントリー牧場(北海道・日高郡(旧・静内郡)・新ひだか町(旧静内町)・静内)が、今年の3月中で閉鎖され、女傑・ウオッカ(VODKA)の、母・タニノシスターなどの繁殖牝馬と、生産部門の土地を、岡田スタッドに、育成部門の土地を千代田牧場に売却して、生産部門から撤退する事が、発表された様で、本当に残念でならないことがありましたが、それでも、女傑・ウオッカ(VODKA)は、今後も、谷水雄三氏の個人所有馬として、繁殖牝馬としての活躍を全うして行きたいと想い、願っております。
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by bouquetfragrance | 2012-03-14 21:04 | 海外で活躍する繁殖牝馬

VODKA=ウオッカ 

アイルランド・キルデア近郊の、アガ・カーンスタッド・ギルタウン、ここに、女傑・ウオッカが、現在・繁殖牝馬として、繋養生活を、送っています。

美しく、すっぴんで、綺麗な鹿毛の女の子の馬・それが、女傑・ウオッカです。


2004年4月4日・北海道・静内郡・静内町(現・日高郡・新ひだか町)の、カントリー牧場で、1頭の、仔馬が、タニノギムレットとタニノシスターの間に生まれました。

それが、女傑・ウオッカです、この時は、タニノシスターの2004として、生産されました。


女傑・ウオッカは、雄大な北海道の日高地方の大地で、幼年時代を過ごした、かわいい牝馬として、送りました。

2005年・1歳の時、女傑・ウオッカは、ジンよりも、アルコール度数の高い酒・ウオッカに因み、命名されました。


2006年・2歳の逞しい牝馬に育った、女傑・ウオッカは、この年の3月下旬・産地馬体検査を受検、同時に、栗東・角居勝彦厩舎と預託契約をかわしました。

美しく、綺麗な、鹿毛の女の子の馬・女傑・ウオッカは、この年の、10月29日・京都競馬場の、新馬戦(メイクデビュー・京都)・1着で、鮫島克也騎手の騎乗で、競走馬デビューを果たしました。

2戦目の、黄菊賞では、四位洋文騎手に乗り替わって参戦しましたが、2着に終わり、初の敗戦を帰しましたが、3戦目の阪神ジュヴェナイリーフィリーズでは、直線で先に抜け出した、アストンマーチャンを抑えて、差し切り勝ちを収め、初のG1制覇を成し遂げたのです。

女傑・ウオッカは、この年の、JRA賞・最優秀2歳牝馬に選定されました。

2007年・3歳になった、女傑・ウオッカは、緒戦のエルフィンステークスで勝利を収めたが、続く、チューリップ賞でも、クビ差で1着となり、2連勝としたが、桜花賞では、ダイワスカーレット(現在は、繁殖牝馬として活躍中)の2着に敗れたが、5月27日に東京競馬場で行われた、第73
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回・東京優駿(日本ダービー)では、1996年のビワハイジ(こちらも、現在は、繁殖牝馬として活躍中・ブエナビスタの母でもある。)以来、11年ぶりに牝馬として出走し、馬群の中団から抜け出して優勝、牝馬としては、1943年のクリフジ以来、64年ぶりに、日本ダービーの優勝馬になりました。

第48回・宝塚記念では、8着と初の大敗を帰してしまいました。

女傑・ウオッカは、その後、秋の、凱旋門賞に出走を懸けて、ステップレースのメルヴェイユ賞にも出走を予定していたが、右後肢の蹄球炎を発症したので、出走を取りやめたのです。

第12回・秋華賞に、女傑・ウオッカは、出走させたが、最後はダイワスカーレット・レインダンスをかわすことが出来ず、3着に敗れた他、第32回・エリザベス女王杯でも、右関節のハ行により、出走を取りやめたのです。

女傑・ウオッカは、その後、第27回・ジャパンカップにも出走したのですが、4着に終わり、続く、第52回・グランプリ・有馬記念では、ファン投票で第1位にも選ばれたのですが、早々と11着と2回目の大敗を帰した他、JRA賞・最優秀3歳牝馬の座も奪われてしまったが、第73回・東京優駿(日本ダービー)で、64年ぶりに牝馬としての優勝馬に輝いたのが選考理由で、JRA賞・特別賞を受賞をしたほか、関西競馬記者クラブ賞の特別賞を受賞しました。

2008年・4歳になった、ウオッカは、京都記念から始動したが、6着に終わったのです。

この頃、ドバイ・ワールドカップ・ミーティングに、招待の承諾を受けて、ドバイ・デューティーフリー(4着)に参戦する為、初の海外遠征に乗り出し、今年の3月4日のマクトゥーム・チャレンジ・ラウンド3R(8着)まで、参戦する事になったのです。

日本に帰国した、ウオッカは、ヴィクトリアマイルに参戦したが、エイジアンウインズ(現在は、繁殖牝馬として繋養生活中。)の、2着に敗れたが、第58回・安田記念に、サクラチヨノオー以来、東京優駿(日本ダービー)優勝馬の出走参戦となり、2着のアルマダを抑えて、1994年のノースフライト以来、14年ぶりに牝馬が制覇を果たしたのです。

毎日王冠では、スーパーホーネットの2着に敗れたが、天皇賞・秋では、ダイワスカーレットと2頭並んでのゴールインとなりましたが、写真判定の末、2cmの差で勝利し、ヒサトモ以来、東京優駿(日本ダービー)馬の勝利を果たしたのです。

ジャパンカップでは、スクリーンヒーローの3着に敗れたが、次の有馬記念は2年連続で、ファン投票1位に選ばれたウオッカだったが、同競争を回避したのです。

2008年のJRA賞では、年度代表馬・最優秀4歳以上牝馬に、ウオッカは、初めて選ばれたのです。

5歳になった、2009年のウオッカは、ジェベルハッタ(5着)及び、ドバイ・デューティーフリー(7着)に参戦する為、再び、ドバイへと遠征したのでした。

帰国後・5月17日のヴィクトリアマイルに直行で参戦、1番人気に支持された、女傑・ウオッカは、前回のエイジアンウインズの2着の悔しさをバネに出走、2着のブラボーデイジーに、7馬身の差で、レコードタイム勝ちを決めました。

6月7日の安田記念にも、女傑・ウオッカは、2着のディープスカイを抑え、差し切り勝ちで優勝、1952年・1953年のスイートスー(女優・高峰美枝子さんの持ち馬として有名です。)以来の安田記念連覇を達成したのです。

その後、毎日王冠・第140回・天皇賞・秋と、カンパニー(今年から、社台スタリオンステーション・早来で、種牡馬生活入りし、現在に至っている・マイルチャンピオンシップの優勝馬で、2009年のJRA賞・特別賞・受賞馬。)の、2・3着に敗れたが、11月29日に行われた、第29回・ジャパンカップに出走した、女傑・ウオッカは、鞍上を、クリストフ・ルメール騎手(フランス・2005年の、第50回・グランプリ・有馬記念では、ハーツクライで、優勝騎手にもなっている。)に、交代させての参戦となり、2着のオウケンブルースリーを、写真判定の末、鼻出血を起こしながら、1着となり、優勝、7冠馬に輝いたのです、それが、女傑・ウオッカが勝利した、日本国内での最後のレースになりました。
(女傑・ウオッカは、その後の発表で、鼻出血という疫病を、競走中に発症したので、1ヶ月間・出走出来ないことになり、有馬記念は出走不可になり、回避されました。)

2010年・6歳になった、女傑・ウオッカは、2009年のJRA賞・年度代表馬・最優秀4歳上牝馬に、2008年に続いて選出され、受賞しました。

その頃、女傑・ウオッカは、ドバイ・ワールドカップ・ミーティング 2010に、招待承諾の上、参戦遠征し、3月4日に、メイダン競馬場で行われた、マクトゥーム・チャレンジ・ラウンド3に出走させました。

ジャパンカップに続いて、クリストフ・ルメール騎手の騎乗で、出走させた、女傑・ウオッカ、しかし、伸びを欠き、レッドディザイアの8着に敗れたのです、レース後、微量ながら、2度目の、鼻出血を発症したので、結局・ドバイ・ワールドカップ 2010を回避する事になりました。

美しく、綺麗で、すっぴんな女の子の馬・女傑・ウオッカは、今年の、3月4日に、行われ、レッドディザイアの8着に終わった、ドバイ・ワールドカップ ミーティング 2010 マクトゥーム・チャレンジ・ラウンド3が、ラストランレースとなりました。

カントリー牧場の代表で、株式会社・タニミズ企画の代表取締役社長・谷水雄三氏は、管理厩舎で、預託契約をかわしている、角居勝彦厩舎(栗東)と、女傑・ウオッカの今後の対応について協議した結果、重賞競走も制覇し、JRA賞・年度代表馬などにも選出され受賞するなど活躍したことから、勇退させた方がいいと判断し、3月7日・現役引退を発表しました。

すっぴんな、かわいい女の子の馬、女傑・ウオッカは、繁殖牝馬として繋養生活を送ることが決まり、海外の牧場も含めて探した結果、アイルランド・キルデア近郊のギルタウンにある、アガ・カーンスタッド・ギルタウンに決まり、すでに、3月13日に遠征先の、ドバイを出発、イギリス・ニューマーケットのサウスフィールズステーブルで1泊した後、ホーリーヘッド港・2時50分発のフェリーで、アガ・カーンスタッド・ギルタウンのある、アイルランドに向けて出発、競走馬生活に別れを告げ、後にしました。
(女傑・ウオッカの、競走馬登録抹消は、手続きの関係上・3月18日となりました。)

現在は、アイルランド・キルデア近郊の、アガ・カーンスタッド・ギルタウンで、繁殖牝馬として、女傑・ウオッカは、繋養生活を送っています。

3月16日の朝・8時30分に、繋養先の、アガ・カーンスタッド・ギルタウンに到着した、女傑・ウオッカは、馬運車を降り、着地検査を受けた後、曳き運動をして体作りに励んだのです。

2010年4月4日・女傑・ウオッカは、牝・6歳の牝馬としての誕生日を迎え、成長しました。

6月4日(現地時間・3日)に、女傑・ウオッカは、初年度の交配相手で、凱旋門賞優勝馬の、シーザスターズと、過去2回は交配したものの、不受胎に終わっていましたが、今回・3度目の交配種付けで、無事・受胎が確認され、成功しました。

来年の4月には、女傑・ウオッカ待望の、初年度産駒が、無事・出産する予定です、初年度産駒(父・シーザスターズ・母・ウオッカ)は、日本に逆輸入され、競走馬として育成後、栗東・角居勝彦厩舎所属で、デビューする予定です。

すっぴんな、鹿毛の女の子の馬で、JRA賞・年度代表馬・最優秀4歳上牝馬に、連続して選ばれた、女傑・ウオッカ、アイルランド・キルデア近郊・ギルタウンの、アガ・カーンスタッド・ギルタウンで、繁殖牝馬として、生活を開始した現在・待望の、初年度産駒(父・シーザスターズ)の、来年の4月に、無事・出産し、輩出して行く日々を、心待ちにしています。
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by bouquetfragrance | 2010-06-25 06:17 | 往年の競走馬