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白い芦毛の馬(2)

いよいよ、フレッティアNO2032(イエントル YENTLE)の2戦目になるレースになる、「ダリア賞」に出走するときが来ました。

メイクデビュー・中山で勝利したイエントル YENTLE、2着のベネヴェント Bene Bentoなどが参戦するので、調整しておりました。

ところが、3着でメイクデビュー・中山を終えて、前走・未勝利戦で2戦目で初勝利を果たした、ヒサコウズノスケが調整中に、違和感を感じた様で、美浦トレーニングセンター内の診療所で診察した結果、左足節球の腫れと診断されたため、ダリア賞を回避しました。

その為、イエントルと ベネヴェントの2頭が、参戦するという異例の事態になりました。

ダリア賞・当日

ゆり子さんは、大中山駅から、普通列車(キハ40系1700番台など。)で新函館北斗にむかい、ここから、東北・北海道新幹線「はやぶさ」(E5系・H5系)で、大宮まで出て、ここから上越新幹線「とき」(E2系・1000番台)・新潟駅に行き、白新線・普通列車(E127系・E129系)で豊栄駅まで出て、ここから新潟競馬場へと出ました。

一方・達郎さんは、今回・道央道・恵庭バス停に行き、ここから空港連絡バス(北海道中央バス・北都交通)で、新千歳空港へ移動し、飛行機(日本航空)で新潟空港に移動し、新潟交通バスで、新潟駅経由で新潟競馬場に入りました。

久郎さんは、持ち馬の、ヒサコウズノスケは腫れの病気が引けず、出走を回避したことから、馬券購入になりました。

因みに、久郎さんは、新潟市北区に家を所有しているのでテレビで観戦する事も出来ますが、多いときは、新潟競馬場などへ出向くこともあります。

パドックと呼ばれる、下見所に、イエントル YENTLEなどが、登場し、周回をしております。
ヒサコウズノスケが出走を回避したことから、ちょっと寂しいレースになりますが、9頭の出走馬が出そろい、本馬場に入場しました。

ファンファーレと共に、ダリア賞のゲートインが始まりました。

もちろん、イエントル YENTLEも5番のゼッケンを付けての参戦で、単勝1番人気に支持されての出走となります。

ベネヴェントは2番人気での出走となっていて、6番のゼッケンを付けての出走になりました。

奇数番号の馬のゲートインが完了しまして、後は偶数番号ゲートインを待ちます。

出走馬・9頭の内・外国産馬は、3頭(2頭がアメリカ合衆国産馬で、1頭がオーストラリア産馬。)も出たほか、□外馬と、□地馬の出走はありませんし、〇地馬の出走もありません

偶数番号の枠入り完了と同時に、ゲートオープンと共に、ダリア賞のスタートが切られましたが、出遅れはありませんでした。

イエントルが先頭に立ち、ベネヴェントが2番手煮立っていました。

2コーナーに入り、800mを過ぎましたが、以前・先頭が、イエントルです。
3コーナーから4コーナーにさしかかり、直線コースで勝負をかけますが、以前・先頭がイエントルであり、ベネヴェントが2番手煮付けておりますが、外から、ジョナリアがさしかかってきていますが、3番手までで、同じ外国産馬でアメリカ合衆国産馬の、クライミングウォリィが襲いかかってくるが4番手までです。

先頭のイエントル YENTLEが、1着でゴールイン板を通過しました。

ゆり子さん「やった、イエントルが勝ったわ、2連勝だわ。」
達郎さん「ベネヴェント 2着、悔しい。」
利一郎さん「ジョナリア、3着で惜しい。」
秀行さん「クライミングウォリィ 4着までか、悔しい。」
宗一郎さん「キネウスサブロウ 5着、ちくしょう。」



ダリア賞
WINNER イエントル YENTLE
2ND   ベネヴェント Bene Vento
3RD   ジョナリア  Jonarlia
4TH クライミングウォリィ Claiming Woly
5TH   キネウスサブロウ Kineus Sabrou
血統
WINNER 父・キューピッド Cupid 母・フレッティア Fratha
2ND  父・ドレフォン Dorephon 母・ボエニ   Boeni
3RD   父・タリスマニック Talis Manic 母・プリンセスポリー
4TH   父・マインシャフト Mine Shaft 母・ドルドツイッギー Dorud Tuittugees
5TH   父・ノヴェリスト  Novelist  母・キネウスハナコ Kineus Hanako
生産者
WINNER アッシュフォードスタッド(クールモア・アメリカ アメリカ合衆国・ケンタッキー州・レキシントン近郊・ベルサイユ)
2ND   ノーザンファーム(北海道・胆振振興局管内・勇払郡・安平町)
3RD   日の出牧場  (北海道・日高振興局管内・浦河郡・浦河町・杵臼)
4TH   シャドウエルファーム(アメリカ合衆国・ケンタッキー州・レキシントン・フォートズスプリングスロード)
5TH   ハッピーネモファーム(北海道・日高振興局管内・浦河郡・浦河町・瑞穂80)
馬名由来・生年月日
WINNER アイザック・パシェヴィス・シンガーのフェミニスト小説 2032年4月2日(日本時間・4月3日)生まれ。
2ND   イタリア・カンパニア州の都市名 2032年4月6日生まれ
3RD   ジョナリア 2032年4月8日生まれ
4TH   クライミングを心配させる 2032年4月11日(日本時間・2032年4月12日)生まれ。
5TH   北海道・日高振興局管内・浦河郡・浦河町の地名+人名 2032年4月16日生まれ。

メンコ
WINNER 七飯町の日の出・JR北海道 261系1000番台とコンコード町の日の入り・マサチューセッツ湾交通局 コミューターレイルの客車をあしらったものを使用している。
2HD   ボエニ戦争の図柄をあしらっている。
3RD   ジョナリアズムのローマ字をあしらった。
4TH   クライミングに挑む少年をあしらっている。
5TH   杵臼の町が描かれている。

血統名・毛色・所属
WINNER フレッティアNO2032・芦毛・栗東トレーニングセンター・関西馬
2ND   ボエニの2032・鹿毛・美浦トレーニングセンター・関東馬
3RD   プリンセスポリーの2032・青鹿毛・栗東トレーニングセンター・関西馬
4TH   ドルドツイッギーNO2032・栗毛・美浦トレーニングセンター・関東馬
5TH   キネウスハナコの2032・黒鹿毛・栗東トレーニングセンター・関西馬

ゆり子さん「おめでとう、イエントル YENTLE、2連勝よ。」
フレッティアNO2032「Neigh、WiN、V2、Owners、フレッティアNO2032、Bururururururs。」
達郎さん「ベネヴェント、2着に終わったか、くやしいよ。」
ボエニの2032「ヒヒ~~~~~ン、くやしい、次走は勝利してやる、覚えていろよ、ボエニの2032、ブルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル。」
利一郎さん「ジョナリア、3着で残念。」
プリンセスポリーの2032「ヒュヒュヒュ~ン、くやしい、次走は勝利して見せる、プリンセスポリーの2032。」
秀行さん「クライミングウォリィ、4着だった、惜しい。」
ドルドツイッキーNO2032「Neigh、Loss、Next、WIN、ドルドツイッギーNO2032、Bururururururs。」
宗一郎さん「キネウスサブロウ、5着だったな、次走は勝利しようか。」
キネウスハナコの2032「ヒュヒュ~ン、くやしい、次走は勝つからな、キネウスハナコの2032、ブルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル。」

表彰式では、1~5着の賞金がゆり子さんらに渡された、口どり式でもイエントル YENTLEが、「Neigh、V2、フレッティアNO2032、Bururururururs。」といなないては、勝利を喜んでいました。
ゆり子さん「イエントル YENTLE、ダリア賞制覇できて、うれしいね。」
フレッティアNO2032「Neigh、WIN V2、フレッティアNO2032、Bururururururs。」
ゆり子さん「イエントル、YENTLE、どうしたの。」
フレッティアNO2032「Neigh、ピー、ピー、ニョロ、ニョロ、ニョロ、ニョロ、バシャ~~~、ジャ~~~~~~!」
フレッティアNO2032→イエントル YENTLEは、大きい緑色の尿(おしっこ)を検査筒に入れては出していました。
フレッティアNO2032「Neigh、Owners、Next、WIN、V3、Preise、フレッティアNO2032、Bururururururs。」
ゆり子さん「わかっているよ、イエントル YENTLE。」
(3へ。)


# by bouquetfragrance | 2021-11-09 07:35 | オリジナルストーリー

白い芦毛の馬

ゆり子さんは、北海道・渡島総合振興局管内・函館市の近郊で北斗市と隣接する、亀田郡・七飯町に在住する、女の子の人間で、生まれは、アメリカ合衆国・マサチューセッツ州・ミドルセックス郡・コンコード町であり、2年前に現在の北海道・渡島総合振興局管内・亀田郡・七飯町に引っ越してきた女の子です。

中学生の時に日本に修学旅行で来ていて、木田町(四国の、香川県・三木郡)を訪れたことは、知られており、父の生まれ故郷であり、出身地でもある同町の魅力に取りつかれた人間でありました。
(しかし、父は、1年前、交通事故で逝去されたとのことです。)
若くして、夫で父の雄一郎さんを。交通事故で亡くした、妻で、母のエミリー(イギリス人)は、現在も、弟の、秀一と共に現在も健在です。

当然・渡島総合振興局管内(所在地・函館市)の、亀田郡・七飯町に住みますから。週末は大沼・小沼・じゅんさい沼(列車からは見れません。)に出掛けます。

新聞も、渡島総合振興局管内に住みますから、当然・函館新聞(函新・はこしん 函館新聞社 本社・北海道 渡島総合振興局管内・函館市港町1丁目17-8番地 十勝毎日新聞 勝毎・かちまい 十勝毎日新聞社 本社・北海道・十勝総合振興局管内・帯広市 の傘下会社。) を、取るようにしております。

現金の他に、クレジットカードも所有しております(妻で母のエミリーさんとゆり子さんの2名が、北洋札幌カード(北洋銀行系列)を使用しております。
主力取引金融機関の北洋銀行は、隣町の函館市にある、桔梗支店しかなく、その為自宅の大中山~金融機関の北洋銀行・桔梗支店の桔梗までは、JR北海道・函館線か函館バスで、移動しなくてはならないのです。

この日、函館競馬場に大きい雄叫びでいななく馬である、芦毛のサラブレッドが来ました、ゆり子さんは、小学5年生の時に函館市内の映画館に行き「愛のイエントル」を拝見していた想い出があり、アイザック・バシェヴィス・シンガーさんのフェミニスト小説である「イエントル」というタイトルの原作本をエミリーさんは、持っていたので、「イエントル YENTLE」という名前を馬名につけたのです。

こうして、イエントル(YENTLE)という、名前の、芦毛のサラブレッドが誕生したのです。

父はキューピッド Cupidで、母がフレッティア Frathaであり、母のフレッティアも、現役時代・米国で競争生活を送った馬でした。

フレッティアは、引退後・アメリカ合衆国・ケンタッキー州・レキシントン近郊・ベルサイユにある、アッシュフォードスタッドで繁殖牝馬となっていて、現在に至っていて、これまでに重賞ウイナーを輩出しています。

毛色はもちろん芦毛、牡で、血統名は フレッティアNO2032です。

いよいよ、中山競馬場で行われる、メイクデビュー・中山にイエントル YENTLE(フレッティアNO2032)が、出走するのです。

産地馬体検査(第3階・外国産馬対象)を受検、所属厩舎(関西馬・栗東トレーニングセンター)との預託契約を交わした、フレッティアNO2032(競争名・イエントル YENTLE)を、持ち馬として応援する為、ゆり子は、733系1000番台「はこだてライナー」で、新函館北斗へ行き、ここから東北・北海道新幹線「はやぶさ」(E5系・H5系)で、東京へ行きここから武蔵野線直通各駅停車で船橋法典駅へ行き、ナッキーモールを通って、中山競馬場へ来ました。

一方・達郎さんは、生まれがニュージーランドのティマルー市であることから、同じ北海道・石狩振興局管内・恵庭市にすんでいて、こちらも馬主として活動しており、今回・べネヴェントを応援する為、恵庭駅から千歳線・721・731・733系(0・3000番台)などで新千歳空港駅に行きここから飛行機で羽田空港に移動、京急で品川駅へJRで上野へ、更には京成電鉄で、東中山駅に移動し中山競馬場へ移動します。

他の人間も、鉄道・バス・飛行機などで、中山競馬場へやってきます。
ゆり子さん・馬主利用証を持っており、達郎さんなど、他の人と共に、競馬場に入ります。

パドックと呼ばれる、馬の下見所には、他の馬主もゆり子さんと、達郎さんと一緒に来ていて、騎手の騎乗を待っているのです。

ゆり子「イエントル、今日・初めてのレースだね、優勝して行く様に走ろうね、イエントル YENTLE」
フレッティアNO2032「Neigh、よろしく、勝利をめざすよ、フレッティアNO2032、Bururururururs。」

本馬場入場に入り、イエントルなどの出走馬たちが返しに入り、スタート地点に入り、枠入りを待ちます。

ファンファーレがなり、メイクデビュー・中山のゲートインが始まったのです。
イエントルがゼッケン番号5番を背負って4枠5番ゲートに入り、収まりました、偶数番の馬もゲートへと誘導され完了しました。

ゲートオープンと同時に、メイクデビュー・中山がスタートを切りましたが出遅れもありません。

2コーナーから800mの標識を過ぎ、3コーナーを過ぎ、4コーナーから、直線コースに出て、勝負に出ますが。

ここで先頭に立った、ヒサコウズケノスケを、べネヴェントがかわしたところで、イエントル YENTLEがかわして先頭に立ち、3・6馬身差を広げて、1着でゴールイン板を通過しました。

ゆり子さん「やった、イエントル YENTLEが、勝ったわ。」
達郎さん「なんでベネヴェントが、2着に終わるなんて、くやしい。」
久郎さん「ヒサコウズケノスケ、3着か、惜しい。」

ゆり子さん「おめでとう、イエントル YENTLE。」
フレッティア2032「Neigh、V、フレッティアNO2032。」

達郎さん「ベネヴェント、なんで2着に終わったの。」
ボエニの2032「ヒヒ~ン、くやしい、次走は勝利させてやる、覚えてろ。」

久郎さん「惜しかったな、ヒサコウズケノスケ、3着か。」
ヒサジョウオウの2032「ヒュヒュヒュヒュヒュヒュ~ン、3着、惜しい。」

メイクデビュー・中山
WINNER イエントル YENTLE (フレッティアNO2032 )
血統 父・キューピッド Cupid 母・フレッティア  毛色・芦毛
馬名由来 アイザック・バシェヴィス・シンガーのフェミニスト小説
メンコ・七飯町の日の出・JR北海道 キハ261系1000番台と、コンコード町の日の入り・マサチューセッツ湾交通局 コミューターレイルの客車をあしらったものを使用している。

2ND ベネヴェント Bene Vento(ボエニの2032)
血統 父・ドレフォン  母・ボエニ 毛色・鹿毛
馬名由来 イタリア共和国・カンパニア州の都市名
メンコ・ボエニ戦争の図柄をあしらっている。

3RD ヒサコウズケノスケ (ヒビキナダの2032)
血統 父・アニマルキングダム  母・ヒビキナダ
馬名由来 冠名・ヒサ+吉良上野介
メンコ・吉良町の赤馬を描いている。
生年月日
WINNER 2032年4月2日(日本時間・4月3日)生まれ。
2ND   2032年4月6日生まれ。
3RD   2032年4月8日生まれ。
生産者
WINNER アッシュフォードスタッド(クールモア アメリカ・アメリカ合衆国・ケンタッキー州・レキシントン近郊・ベルサイユ)
2ND   ノーザンファーム(北海道・胆振総合振興局管内・勇払郡・安平町)
3RD   対馬 正氏 (北海道・日高振興局管内・新冠郡・新冠町)
所属
WINNER 栗東トレーニングセンター・関西馬
2ND   美浦トレーニングセンター・関東馬
3RD   美浦トレーニングセンター・関東馬

ゆり子さん「イエントル YENTLE。」
フレッティアNO2032「Neigh、フレッティアNO2032。」
ゆり子さん「優勝おめでとう、イエントル YENTLE。」
フレッティアNO2032「Neigh、V、Owners。フレッティアNO2032.Bururururururs。」
ゆり子さん「汗かいたね。イエントル YENTLE。」

表彰式では、ゆり子さんに1着賞金が渡され、イエントル YENTLEの栄養をたたえていました。

口どり式でも、イエントル YENTLEは「Neigh、V、フレッティアNO2032.」といなないては、喜んでいました。

中山競馬場を後に、ゆり子さんは、船橋漁港にある直売所に行き、お土産(ホンピノスカ貝)を購入し、宅急便で送り、バスで西船橋に移動して、武蔵野線で、大宮へ行き、ここから、東北・北海道新幹線「はやぶさ」(E5系・H5系)で、新函館北斗駅にむかい、普通列車(はこだてライナー 733系1000番台・キハ40形1700番台)で大中山駅で下車し、帰路に着いたのです。

エミリーさん「もう、戻ってきたの、家に。」
ゆり子さん「戻ってきた。」

秀一さん「戻ったのか、よう遠くまで出かけたな。」

ゆり子さんの部屋に入った、ゆり子さん。

フレッティアNO2032「Neigh、Owners、お疲れでしたか、フレッティアNO2032、Bururururururs。」
ゆり子さん「イエントル YENTLE、疲れたよ。」
次走も、連勝できるように、走って行こうね、なあ、大好きな、愛馬イエントル YENTLE。」
フレッティアNO2032「Neigh、YES、Owners、フレッティアNO2032、Bururururururs。」
(2へ。)




# by bouquetfragrance | 2021-11-06 13:19 | オリジナルストーリー

ネロ NERO 2019年から繋養生活をする、種牡馬。

ネロ(NERO)は、2011年5月27日・北海道・日高振興局管内・三石郡・三石町と静内郡・静内町が合併して発足した、日高郡・新ひだか町・三石にある、本桐牧場の生産で、西山茂行氏(西山牧場(北海道・胆振総合振興局管内・勇払郡・むかわ町)・場長)の所有馬として、京阪杯などのレースで優勝するなど活躍した、皇帝・ネロ・カエサル・クラウディウスからとられた、栗毛の男馬で。

2019年に種牡馬として、ネロは、同じ北海道・日高振興局管内・日高郡・新ひだか町・静内田原のアロースタッドにやってきた男馬です。
ネロ NERO 2019年から繋養生活をする、種牡馬。_f0235373_02132146.jpg
今回・日本軽種馬協会・九州種馬場に移動し、2022年から繋養される ネロ。




ネロ「ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒヒヒヒヒ~ン。」

ネロは大きな雄叫びでいななきました。

ネロ「ブルルルルルルルルルルルルルルルルル。」

アロースタッドの放牧場。

ネロは2020年から種牡馬として第2の馬生を開始しました。

ネロ「ヒヒ~ン、ヒ~ン。」

ネロ「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

ネロは、大きい蹄を日高山脈の空にならしては、走って行きました。

ネロ「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

ネロ「パカッ。」

ネロ「ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒヒヒヒヒ~ン。」

ネロは、父・ヨハネスブルク 母・ニシノタカラツ”カです。

ネロの母・ニシノタカラツ”カも、元・競走馬で、ネロと同じ中央競馬で活躍し、5戦1勝の成績を残し、繁殖牝馬になりました。

ネロの父・ヨハネスブルクも、現役時代・クールモアスタッドの所有馬として、7勝の成績を残す競走馬として、アイルランドを中心に、活躍しました。

ヨハネスブルクは、10戦7勝の成績を残し、競争生活を引退後、種牡馬として最初・アメリカ合衆国 アシュフォードスタッドで繋養されましたが、2010年に日本に輸入され日本軽種馬協会・静内種馬場で繋養生活を送っていましたが、2015年に急死しました。

通算成績は、47戦8勝を残しております。

ネロは2019年にアロースタッドへ入厩し、種牡馬として2020年~2021年の種牡馬シーズンに、2021年には初年度産駒を誕生させるに至りました、

ネロ「ブルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル。」

ネロ「ムフ、ムフムフ。」

ネロ「ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン。」

ネロは大きい雄叫びでいななきました。

ネロ「カポ、カポ、カポ、カポ、カポ。」

ネロは、蹄を鳴らし歩めていました。

ネロ「ニョロ、ニョロ、ニョロ、ニョロ、ニョロ。」

ネロ「バシャ~~~~~ッ、ジャ~~~~~~~~~~~~~!」

ネロは大きい緑色の尿を出してやりました。

ネロは、北海道・日高山脈の空を眺めながら、気持ちいいおしっこを出してやる馬です。

ネロ「ムフ、ムフ、ムフ、ムフムフムフ。」

ネロ「ウ~~~~~~~~~~~!」

ネロ「ドッパ~~~~~~~~~~~!」

ネロ「ボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボト。」

ネロは、大きい緑色のうんこ(💩)を出してやりました。

ネロは北海道・日高山脈の空を見ながら、大きい緑色のうんこを出してやる馬です。

ネロは、ヨハネスブルクを父に、ニシノタカラツ”カを母に持つ、栗毛の男の子の馬、それがネロです。

ネロ「プ~!」

ネロ「ヒヒヒヒヒヒヒ~ン。」

ネロはおならの匂いを嗅ぎながら、フレーメンをしていななきました。

ネロは、ヨハネスブルクとニシノタカラツ”カの仔です。

ネロ「ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン。」

ネロは、遠い日高山脈の空に大きい雄叫びでいななきました。

ネロは、日高山脈の大地で育まれていく、美しい、栗毛の馬、これが、ネロです。

ネロ「ヒヒ~~~~~~~~~~~ン、ブルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル。」


次の日。

ネロ「ヒヒ~~ン、ブルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル」

ネロは大きい雄叫びでいななきました。

ネロは、北海道・日高山脈の空を想い出しながら、鋭く大きな雄叫びでいななく、栗毛の馬、それがネロです。

ネロ「ウ~~~~~~~~~~~ ドッパ~~~~~~~~~~~ッ、ボトボトボトボトボトボトボト。」

ネロは、大きい緑色のうんこを落としてやりました。

ネロは北海道・日高山脈の牧草をたべながら、気持ちよく過ごしていく馬です。

ネロは、ヨハネスブルクを父に、ニシノタカラツ”カを母に持つ、美しい栗毛のサラブレッド、これがネロです。

ネロ「ヒヒ~ン、ブルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル。」

ネロは、日高の牧草に育まれた、栗毛のサラブレッド、これがネロです。

ネロ「ヒヒヒヒヒヒヒ~ン、ブルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル。」

ネロは三石を想い出しながら、大きく育み歩めていく、ローマ皇帝・ネロ・カエサル・クラウディウスにちなんで命名された、
美しい栗毛のサラブレッド、それが、ネロです。


ネロ「ブルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル、ブルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル。

ネロは大きい鼻息を鳴らしながら、日高の牧草を歩めてやりました。

ネロ「ニョロ、ニョロ、ニョロ、ニョロ、ニョロ、ニョロ、ニョロ。」
ネロ「バシャ~~~~~~~~~~~~~ツ、ジャ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」

ネロは大きい尿を出してやりました。

ネロは、気持ちよく大きい尿を出してやる馬です。

ネロは、ヨハネスブルクを父に、ニシノタカラツ”カを母に持つ馬です。

第5代 ローマ皇帝 ネロ・カエサル・クラウディウスに因む、栗毛のサラブレッド、それがネロです。

ネロ「ヒヒ~~ン、ブルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル。」

秋の訪れが来ている、10月8日、ヨハネスブルクを父に、ニシノタカラツ”カを母に持つ、第5代 ローマ皇帝 ネロ・カエサル・クラウディウスに因む名前の栗毛のサラブレッド、ネロ(NERO)が、アロースタッドと別れる時が来ました。

ネロ「ヒヒ~~ン、ブルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル。」

ヨハネスブルクを父に、ニシノタカラツ”カを母に持つ、栗毛のサラブレッド・ネロが、日本軽種馬協会に購買され、2022年から、同協会・九州種馬場で繋養生活を送ることが発表されるとのことだった。

ネロ「ヒヒヒヒヒヒヒ~ン、ブルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル。」

2019年からスタッドインして以来、長く繋養生活を送ってきた、ネロが、種牡馬生活とはいえ、鹿児島県・曽於郡・大崎町・野方の日本軽種馬協会・九州種馬場で送ることになったことから、遂にスタッドイン以来・繋養生活を送ってきたネロが馬運車に乗せられて、アロースタッドを後にしました。

2018年に現役を引退し、2019年にアロースタッドでスタッドインして以来、長く繋養された、ヨハネスブルクを父に、ニシノタカラツ”カを母に持つ、栗毛のサラブレッド、ネロ、2022年から日本軽種馬協会・九州種馬場で新生活を送ることになっている様で、ネロの九州種馬場での新生活を期待したいと想い、願っております。

ネロ「ヒヒヒヒヒヒヒ~ン、ブルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル。」

(終)

# by bouquetfragrance | 2021-11-05 04:05 | 種牡馬

関水金属の創業者・加藤 祐治さん、逝去から5年。

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関水金属の創業者・加藤 祐治さん、逝去から5年。_f0235373_01002083.jpg
(関水金属・代表取締役会長 加藤 祐治さんの遺作となった、Nゲ-ジ・飯田線シリーズ 80系300番台 4両セット 10-1384・KATO)


日本のNゲージのパイオニアで、鉄道模型専業の総合模型メーカーでもある、株式会社・関水金属の創業者で、代表取締役会長・加藤 祐治さんが、11月21日に88歳の米寿で、逝去されてから、5回忌(5周年)を、迎えます。

1927年(昭和2年)12月3日・東京都世田谷区の加藤金属工芸社の経営者の長男として生まれた、加藤 祐治さんは、戦後・交通博物館(現・鉄道博物館)主催の鉄道模型コンクールで、HOゲージ模型で入賞したのを機に、有限会社組織として、東京都文京区関口2丁目(当時・関口水道町)に、関水金属彫工舎(現・株式会社・関水金属)を1957年(昭和32年)8月に設立し、当時の鉄道模型メーカーへ、HOゲージの台車部品をOEM供給しておりましたが、1962年(昭和37年) 東京都新宿区西落合1-30-15の現在地へ移転した、関水金属は、世界で最初の発売になるNゲージを、アーノルト・ラピート社によって発表され、販売を開始したことを聞きつけ、同社からNゲージのレールを取り寄せ、自作で作ったTTゲージと比較・検討した結果、これからの日本の鉄道模型はNゲージであるという結論に達し、1964年(昭和39年)に、関水金属の最初のNゲージ製品であります、C50形・蒸気機関車と、オハ31形・オロ30形・オハニ30形の3系式からなる、オハ31系・ダブルルーフ客車の設計・製作を開始し、翌年の1965年(昭和40年)8月に発売を開始しました。
以来・関水金属は、Nゲージ製品・HOゲージ製品を手掛ける、鉄道模型専業の総合模型メーカーに育て上げ、コンピューターを駆使した、3次元CAD/CAMシステムを、鉄道模型業界で初めて導入させるなど、プラスチック製の鉄道模型完成品を制作・製造し、1980年には、組立式線路のブランドとして登場させた、UNI TRACK ユニトラックが開発されていて、ユニトラックの安定供給と車両の増産を図って、埼玉県坂戸市と鶴ヶ島市に、坂戸工場と埼玉工場を建設され、現在も操業中であり、中でも関水金属が、ユニトラックの安定供給と車両の増産を図って、1997年に主力工場の、埼玉工場の敷地内に新館として建設され現在も操業中の金型工場は、耐震構造の建物として完成させた工場であり、ここから、多くのNゲージ製品・HOゲージ製品が、日本国内だけではなく、中国・ドイツ・アメリカなどの世界各地にも出荷・輸出されておりますが、更に、ユニトラックの安定供給向上と車両のさらなる増産を図ることを目的として、同じ埼玉県・鶴ヶ島市に2024年頃を目途に、新工場を耐震構造の工場として建設し操業を開始する予定になっており、今後とも、KATOのNゲージ・HOゲージのさらなる製品造りが期待されております。

KATOの直営店の1つで、西日本最大のショールームとして、1999年10月16日のオープン以来、大阪府・吹田市・豊津町12-15番地で、長く営業してきた、ホビーセンターカトー・大阪店が、3月10日の午後17時00分で営業を終了して閉店、京都市・下京区・東塩小路町901番地・京都駅ビル・9階にKATO 京都駅店として、3月16日の午前11時00分に移転オープンさせた、2016年、株式会社・関水金属 代表取締役会長で、創業者の、加藤 祐治さんは、体調を崩していて、東京都内の病院に入院し、療養生活を送っていました。

この時・株式会社・関水金属は、KATO Nゲ-ジ・飯田線シリーズの、165系800番台 急行「こまがね」4両セット(10-1334)と、同・「伊那」4両セット(10-1335)を、6月28日に同時新発売させたのです。

同時期に、2015年には、日本で最初のNゲージ模型製品がKATOにより製品化されて発売されてから、50周年を迎えたことから、「KATO Nゲージ生誕50年記念誌」(25-050)を発刊させることになり、ネコ・パブリッシングに依頼して、編集・校了作業をしておりました。

2014年2月22日・新社屋完成と同時にリニューアルの為歌舞伎町の仮店舗で営業していた、ホビーセンターカトー・東京店のリニューアルオープン記念パーティーが行われ、2004年から、長く務めてきた代表取締役社長を退任し、代表取締役会長になった加藤 祐治さんが、「出発進行」の合図で、HOゲージの新幹線電車の模型が、花のトンネル抜けるように走りだし、ホビーセンターカトー・東京店のリニューアルオープンに花を添えました。

それが、関水金属・代表取締役会長 加藤 祐治さんが、お元気でいられた、最後のお姿になりました。

今から5年前の11月21日・株式会社・関水金属 代表取締役会長・加藤 祐治さんは、KATO Nゲージ生誕50周年記念誌(25-050)の編集・校了作業完了の翌日、88歳の米寿で逝去され、1927年(昭和2年)12月3日の誕生以来、88年の生涯を閉じました。

KATOが、Nゲージ・飯田線シリーズの1つとして、2016年11月28日に新発売された、80系300番台 4両セット(10-1384)と、6両セット(10-1385)が、加藤 祐治さんの遺作になったとのことです。

あれから、5年を迎えます。

加藤 祐治さんが、Nゲージのパイオニアであり、鉄道模型専業の総合模型メーカーとして、設立され、経営に力を注いできた、株式会社・関水金属は、現在・息子で、代表取締役社長である、加藤 浩さんが、経営を引き継ぎ、Nゲージ・HOゲージの完成品車両から、レールメンテナンス製品まで、国内設計・国内制作にて、きちんと丁寧に製造をしており、日本国内はもちろんのこと、世界各国に鉄道模型車両製品を供給する総合模型メーカーとして、活動をしております。

ぼくも1993年12月26日以降、KATO・Nゲ-ジを愛用し、KATO製品の虜して、同社製のNゲージを愛用しているからには、関水金属・会長 加藤 祐治さんが、国内設計・国内制作による、Nゲージ・HOゲージの完成品車両のきちんと丁寧な製造を行っている賜物であることに、ほかならないのです。

今後とも、日本最初の発売である、Nゲージのパイオニアとして、鉄道模型専業の総合模型メーカー・株式会社・関水金属(KATO)のNゲージを、ずっと買いそろえ、作りが良く、最も良い製品として、末長く愛用して行こうと想い、願っております。

株式会社・関水金属 代表取締役・会長 加藤 祐治さんのさらなる、ご冥福をお祈りすると共に、心からお悔やみ申し上げます。


# by bouquetfragrance | 2021-10-16 02:24 | 鉄道模型(Nゲージ)

キハ58系1100番台 パノラミックウインドウ急行形液体式ディーゼル気動車(KATO)

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2020年12月5日に注文した、10-1600・4両セット
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こちらは、2021年2月15日に注文した、キハ58系1100番台 パノラミックウインドウ バラ売り単品・3両(6127・M キハ58形1100番台・M)
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同じく2月15日に注文した、キハ58形1100番台 パノラミックウインドウ 急行形液体式ディーゼル気動車 (6128・T キハ58形1100番台・T)


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同じく2021年2月15日に注文した、キハ28形3000番台(6129)



2020年12月5日と、2021年2月15日の2回・Nゲージ キハ58系1100番台 パノラミックウインドウ 急行形液体式ディーゼル気動車が、4両と3両に別れて、到着しました。

いずれも、メーカー直送!ホビーセンターカトー鉄道模型オンラインショップ(KATO 公式オンラインショップ・インターネット通販サイト)で購入・納車したもので、本当は店舗に行った方が早かったのですが、折からの新形コロナウイルス感染及び蔓延拡大防止の為、店舗へ行く事を自粛されている為、やむなく、メーカー直送!ホビーセンターカトー鉄道模型オンラインショップ(KATO 公式オンラインショップ・インターネット通販サイト)で購入・納車せざる得なかったモデルです。

前者は、21468円で、後者は16496円であり、いずれも、定価販売で購入・納車したものです。

どれも、北近畿・三丹(丹波・丹後・但馬)・若狭(嶺南)・山陰(北陸)など、水のきれいな日本海を縫うようにして走る、環日本海圏地方(通称・海の京都地方)の鉄道に縁の深い車両の1つであり、当然・福フチの表記入りとなっているモデルです。

今後、山陰本線 京都口・福知山以西(愛称 嵯峨野線・山陰海岸ジオパーク線)・舞鶴線・小浜線・宮津線(現・KTR 北近畿タンゴ鉄道→丹鉄 京都丹後鉄道・宮津線 通称 宮舞線・宮豊線)などを長く走って来た、急行「丹後」(京都~網野・豊岡・城崎(現・城崎温泉)・東舞鶴・敦賀・福知山間)を、Nゲージの世界でも再現運転しようと想い、願っております。

# by bouquetfragrance | 2021-06-14 22:50 | 鉄道模型(Nゲージ)